作家・田辺聖子さんが愛した伊丹の町とひとびと

2020年06月20日

終の棲家とした伊丹

芥川賞を始めとして、数々の文学賞を受賞した作家の田辺聖子さん。昨年惜しまれながら亡くなられた彼女は、関西の町をこよなく愛し、著作のなかで数々の町について書き残しました。もちろん、ご自身が終の棲家とした伊丹についても例外ではありません。

伊丹市の名誉市民であり、伊丹市立図書館『ことば蔵』の名誉館長でもある田辺さんは、自身の半世紀を綴った『楽天少女通ります 私の履歴書』(ハルキ文庫)の中で、神戸から伊丹に引っ越してきた際のことについてこう書いています。

「マンション6階に住み、西側は公園で目を遮るものがなかったため、六甲連山へ夕日が落ちてゆく絶景を目にすることができた」。田辺さんが伊丹に引っ越してきたのは昭和51年のことだったので、当時の伊丹には今よりはるかに建物が少なかったでしょうから、それはまさに絶景といえるものだったでしょう。

「猪名野」をかかげる市バスに感動

大阪で生まれ、結婚後には神戸に住み、どちらの町も深く愛した田辺さんでしたが、伊丹に居を移してみると、その風光の美しさ、市場の商品がゆたかで物価が安く、小ぢんまりした街で「飲み屋のママも常連客も学校友達というような町」である伊丹をとても好もしく思い始め、エッセイの中でも、たびたび当時の町の姿やひとびととの交流について記しています。

たとえば、伊丹のあちこちで見かける「猪名野」の地名ですが、初めて市バスが「猪名野」の表示をかかげているのを見て、バスが古来の歌枕の地名を頂いて走っている!と 涙ぐみそうになるほど感動したと書いています。『小倉百人一首』でも有名な「有馬山猪名の笹原風吹けば いでそよ人を忘れやはする」という歌にうたわれる「猪名の」という部分がそれにあたります。田辺聖子さんは当時の伊丹市長であった矢埜氏にも、「歌枕の土地に住んでゆかしいと思っています」と感動を伝えたそうです。

エッセイで伊丹を描く

エッセイ集『歳月切符』(集英社文庫)の中にも、「わが街の歳月」として、当時住んで6年目になるという伊丹のことを書いています。お酒が大好きだった田辺さんは「白雪」「老松」「大手柄」などの酒どころである伊丹のお酒をよく飲みました。おいしいお酒のあるおかげで古くから文人墨客を迎えることができ、地方文化の花を咲かせた土地であるとしています。

住む前には、伊丹について「空港がある」「自衛隊がある」「渡り鳥が飛んでくる、何とかいう大きな池がある」(昆陽池のことですね)ということしか知らなかった田辺さんも、自然がゆたかで人のおおらかな伊丹は、西鶴が「津の国のかくれ里」として紹介するだけのことはあると気に入っていたようです。

ただ神戸から引っ越してきて弱ったところとして、当時の伊丹はまだまだ未発達な郊外の町という感じで、大人が楽しめる飲食店や料理屋というものがなかったとも書いています。昔からの港町で和洋中とおいしい店がたくさんある神戸に比べると、確かに当時の伊丹では、ちょっと物足りなく思うかもしれません。しかし伊丹第一ホテル(現在の伊丹シティホテル)ができてからは、そこのレストランでの食事を楽しんでいたようです。

昆陽池からインスピレーション

小説では、『猫も杓子も』(文春文庫)も、初めてドライブした昆陽池からインスピレーションを得たものです。「伊丹」と明確に示してあるエッセイだけではなく、数々の小説のなかにも、長年住んだ伊丹の町のエッセンスが散りばめられているはずです。残念ながら昨年亡くなられた田辺さんですが、多数残された著作の中から、「これはここのことかな?」と探してみるのも面白そうです。

小説『恋にあっぷあっぷ』(集英社文庫)。ロマンティックな大人の恋愛小説ですが、「R市」として登場する物語の舞台は、「古風なお邸街で、金持ちの住む街として有名」とあるので、芦屋市のことかな?と思います。

追悼企画展が6月21日(日)まで「ことば蔵」で

今回取り上げた『楽天少女通ります 私の履歴書』も『歳月切符』も、「ことば蔵」で借りることができます。また、6月に亡くなられた田辺さんの追悼企画展として、思い出の品や直筆原稿の展示が6月21日(日)まで「ことば蔵」で行われていますので、ご興味のあるかたは、ぜひ行ってみてくださいね。

 

楽天少女通ります わたしの履歴書』(ハルキ文庫)と『歳月切符』(集英社文庫)はぜひ図書館で!

文・写真:なみま

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