公開日:2019年10月03日
フィンランドを代表するアーティスト、ルート・ブリュック。あなたは、もうご覧になりましたか?
現在、伊丹市立美術館・工芸センターで好評開催中の展覧会「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」(~10月20日まで)。親しみやすいモチーフや美しい色、オシャレなモザイクタイルの作品が話題となって、今、遠方からも多くの人を伊丹に呼び寄せています。
ITAMI ECHOでは、この展覧会の「仕掛け人」で、これまで数々の挑戦的とも言える展覧会を手がけてきた伊丹市立美術館の学芸員、岡本 梓(おかもと あずさ)さんにインタビューを行い、ルート・ブリュックの魅力や伊丹市立美術館の独自戦略などについて聞いてみました!
記事の最後には、なんと今回のルート・ブリュック展の招待券プレゼントコーナー(ペアチケット5組)もあります!!お見逃しなく!
まず、インタビュー前編は、ルート・ブリュックの魅力について、展覧会の仕掛け人でもある岡本さんからお話を伺います。すでにご覧になった方も、まだの方も、きっと美術館に足を運んでみたくなりますよー!
ー「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」展、マスコミにも多く取り上げられていますが、とても好評のようですね。
おかげさまで、多くの方に来て頂いています。この春まず東京ステーションギャラリー(東京駅構内に開設された美術館)でルート・ブリュック展が開幕しました。始まった時は、それほど注目されていなかったのですが、でも実は仕掛けた側としてはきっと人気が爆発すると思っていて、フタを開けてみたらしめしめと思うぐらい爆発しました(笑)。
東京で爆発的な人気が出たので、関西(伊丹)に来た時には、初めからとても大勢の方に来て頂いています。でも、正直言って、私も最初にルート・ブリュック展のお話があった時に、この作家のことを知らなかったんです。
ーえっ、そうなんですか?
そうなんです、全く知らなくて(笑)。最初は、今回の企画制作を手がけたブルーシープと言う、伊丹市立美術館とは繋がりの深い企画会社さんから、雑談の中で「ルート・ブリュックっていうフィンランドの作家がいて、作品が所蔵されているエスポー近代美術館(フィンランド、エスポー市)の個展が大変素晴らしかった。日本ではまだ知られていない作家だけど興味ない?」って聞かれたんです。作品を見たらとても素敵だったので、これはぜひ日本でやるべきだよね!ってことで盛り上がって、じゃあ伊丹が手を挙げます、伊丹でやりましょう!となったんです。あとは、ちょっと業界の話ですが、日本で1会場だけだと採算が取れないので、全国を巡回することになりました。
ーということは、伊丹が最初に手を挙げたんですか?
はい、手を挙げました。それなら伊丹での会期が一番最初かと言うと話は別で、各館によって開催できる時期が違いますし、伊丹市立美術館としては、できれば先に東京で爆発してほしい、その後で関西に来れば、もう土台ができているから、関西や西日本、あるいは全国から多くの人が来てくれるだろうと考えました。東京、伊丹の後は、来年になりますが、岐阜、久留米、新潟に巡回します。
ーそれではまず、ルート・ブリュックの魅力についてお伺いします。
ルート・ブリュックの魅力って、たくさんありすぎて絞れないですが・・・。
私は、学芸員の特権でもありますが、作品を見る機会が多くあって、閉館後に誰もいないところで見ることもできるし、点検のために明るいところで見ることもできる。毎回見るたびに、私の好きなルート・ブリュックの作品が変わるんです。初めは具象の作品が好きだったけど、何度も見ていくうちに後期の抽象作品が好きになったり、何度も見ることでの新たな発見もあったり。
ルート・ブリュックは、変容し続けた作家で、いろんな面を持っているというのが特徴の一つです。まず作風が具象から抽象へと変わり続けた。色もモノクロになり、最終的には光と影の表現を追求するために要素が削ぎ落とされていきます。この変容し続けたということを私たちは蝶にたとえて、「蝶の軌跡」というタイトルをつけました。この、とらえきれないところ、自由に好きな作品を見たり、感じたりできるというのが魅力の一つです。
私たちが好きに解釈できるし、それをルート・ブリュックが良しとしている。というのは、ルート・ブリュックは自分の作品を限定したくないために、自分と作品のことを語りたがらなかった作家なので、そういうところが日本人にとっては親近感が持てるし、作品を自由に解釈できる面白さがあります。
ー自由に解釈できるとは、どういうことですか?
いわゆる美術館で見る美術作品というと、歴史や美術史を多少は知っていないと分からないのでは?と少し難しく硬く考えがちなんですけど、ルート・ブリュックは決してそうではありません。もちろん彼女の作風の背景には、たとえばジョルジュ・ブラック(1882-1963、フランスの画家)の影響を受けたとか、あるいは中世イタリア美術の影響を多大に受けたというのはあります。でもそれを知らなくても、たとえばこの「ライオンに化けたロバ」を見て、色使いや釉薬の深いたまりを見たり、どこにロバがいるんやろ?と探してみたり、解説にはこのライオンは夫のタピオのことだと書いてるけど、ホンマにそうかな?と考えてみたり。
ー好きなように考えられる余地がいっぱい残っているということですね?
そうなんです。日本で初めての個展ですから、日本では特に、まだほとんど研究対象に上がっていなくて、これからいろんなことが解明されるかもしれない。でもまだ今の時点では、見る人が自由に感じ取れるし、与えられた情報で知るのではなくて、自分で考えることができる。初個展というのは、とても貴重なチャンスなので見逃さない方が良いと思いますよ。
ー私個人としては、釉薬の青い色がとてもきれいで印象に残りました。色に奥行きや深さがあるというか。
色にまだその先がありますよね、写真ではなかなか写り込まないですが。深くて結構暗い色もありますが、かえってそれが神秘的です。このリアルト橋のレリーフも面白くて、本物のリアルト橋は真っ白なんですが、でもそれをこんなに青くしたのは、ルート・ブリュックが水面の青さを体感したからで、その心象風景が混じっているのだと思います。それから、真ん中のアーチのところに小鳥をあしらうユーモアなど、ルート・ブリュックがいかに楽しく作品をつくっていたか、いかに旅先の風景に感動したのかが、ひしひしと感じられます。そんな愛着を持てる作品が多いので、ブリュックの人気が高まったのではないかと思います。
ー2階の展示室(初期の具象作品を展示)は、鳥とか魚とか果物とか、身近なモチーフが多いですね。
ルート・ブリュックは、家庭を持ち子育てをしながら作品を作り続けたため、初期の作品には食卓の料理や子供など、彼女の日常が描かれています。家庭にありながら、作家として挑戦し続けて、旦那さんは巨匠と呼ばれたデザイナーで、というように人間としての物語がある作家で、そんな作家の人生も多くの人々の心に訴える要素だと思います。たとえば、育児や毎日ご飯を作っているお母さんたちがブリュックの家庭的な作品を見たら、とても親近感が持てると思います。これは来館者の多くが女性である理由の一つかもしれませんね。
きれいでカワイイというのは、それ自体が魅力ではありますが、ルート・ブリュックの作品にはその先があって、やっぱり実際に作品を見て、作品と直に対面してみないと感じられないものも多いので、ぜひ作品を見に来てもらいたいです。魅力や発見がたくさんあります。
ー私も先日、展覧会を見ましたが、また見てみたくなりました。
結構リピーターも多いようで、この前は2階の初期作品で何かを感じたけれど、今日は地下の展示室の後期作品を見てまた別のことを考えたというように、毎回気づきがあると思います。特に後期の作品では、タイルピースの作品の表面が凸凹していて、それが光と影をつくっているのですが、なかなか写真では伝わらない。実物を見たときの小さなタイルの歪みであったり、釉薬のたまり具合など、人それぞれ面白いと思うポイントが違うので、それを探すのが楽しいんですよね。ぜひ、実物を見てほしいです。
ー2階の具象作品と比べて、地下の展示室の抽象作品は一見難しそうにも見えます。また、真っ黒の作品には、ちょっと衝撃を受けました。
その気持ちは分かります。具象作品は何をモチーフに作っているのかがはっきりと分かる、きれいでカワイイ印象が強いものが多いです。でも、タイルピースの抽象作品は大きなものが多いので、まずは少し遠くから離れて見て全体像を把握した後に、ぜひグッと近づいて見てみてください。
私が調査のためにフィンランドに行って、実際に作品を見て一番感激したのは、タイルの一つ一つの歪みだったんです。一見、まるで機械がつくったかのような幾何学的な作品なのですが、近づいて見ると、一つ一つのタイルが人間の手でつくられ、貼り付けられているものだと分かります。
一つ一つのタイルを目で追っていくと、ルート・ブリュックがパズルやレゴブロックを組み合わせるように、楽しみながらつくっていったことも分かります。人の目は不思議なもので、へこんでいるのがあって、出っぱっているものがあると脳内で組み合わせたくなる。これとこれが合うなぁとか、ルート・ブリュックの目の軌跡を追いかけながら、勝手に自分も点と点を結んで線にしたりして、頭の中で遊べるんです。面白いのでぜひやってみてください(笑)。
ータイルピースの作品は、例えば階段から地下の展示室に降りてすぐのところに展示されている「蝶たち」という作品のように、複数の作品を組み合わせていく中で思いついたのでしょうか?
その可能性は高いです。この蝶をモチーフとした作品は個別でも成り立つものですが、正方形のトレイの内側(凹型の部分)に描いたものと、トレイの底(凸型の部分)に描いたものとをブリュックが組み合わせて展示したんですよね。一見、蝶の標本のようでもあるけれど、凸と凹によって、光が当たったり影ができたりと変化が生まれます。こうして凸凹の面白さを発見したと思うんですよ。それがタイルピースの作品へとつながったのだろうと。きっとブリュックは、創作の新たな発見をどんどん発展させていったのでしょうね。
もう一つは、年齢を重ねるにつれて、大きくて重い陶板作品を女性一人で作るのが難しくなってきたから、小さなタイルピースを使って大きな作品を作るという手法に変えていったとも考えられます。作家として大きな作品に挑みたいけれど、年齢的にも体力的にも難しくなるなかで辿り着いた手法なのではと思います。
ーでも、どうしてルート・ブリュックは、こうした独自の手法にたどり着けたのでしょうか?
もともとルート・ブリュックは建築家になりたかったというスタートがあります。グラフィックアートを勉強して、2次元的なものを技術として持っている、だけど建築的な3次元的な視点と思考も持っている。2次元と3次元をミックスさせるというのは、とても彼女らしいアイデアで、しかもセラミックという技法を使って表現をしたというのは、他の作家にはない、ルート・ブリュックの個性だと思います。
フィンランドでは、セラミックのアート部門も工芸的な部門もとても盛んで、国を挙げてそれらを支えています。ただ、器をつくるところから始めて、そのままいわゆる陶芸家として大成する作家は多いけれど、ルート・ブリュックのように絵から入って、他の人が作った陶器に絵付けをする、次に自分で陶板そのものをつくっていく、それが次第にタイルピースになって構築的になっていくという作家はとても珍しいパターンですね。
(インタビュー後編につづく)
後編では、岡本さんの学芸員としてのお仕事や、伊丹市立美術館の独自戦略、高校生など若い人へのメッセージについてもお伺います。お楽しみに!
プレゼントの応募は終了しました!
このたびITAMI ECHOでは、伊丹市立美術館のご協力を得て、現在開催中の展覧会「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」のペア招待券5組(計10名分)を抽選でプレゼントします!
ただし、応募対象者を「伊丹市内在住の高校生」または「伊丹市内在住の高校生を同伴して来館いただける方」のいずれかとさせていただきます。これは、インタビューの後編で紹介しますが、岡本さんの「もっと高校生にも美術館に来てほしい!」という思いに、ITAMI ECHOが賛同して企画したものです。ぜひ、ご家族やお近くに伊丹市内の高校生がいらっしゃる方は、読者プレゼントについてご案内ください。
10月8日(火) 23時59分までに送信
下記のいずれかに該当する方
・伊丹市内在住の高校生
・伊丹市内在住の高校生を同伴して来館いただける方
以下のメールアドレス宛てに、件名には「招待券プレゼント応募」と明記し、本文には、(1)住所、(2)氏名、(3)来館いただける高校生(お1人)の高校名・学年・氏名、の3点を明記の上、メールを送信してください。
作品写真提供:伊丹市立美術館
《ライオンに化けたロバ》1957年
《ヴェネチアの宮殿:リアルト橋》1953年
《蝶たち》 1957年
《スイスタモ》1969年
《色づいた太陽》1969年
Tapio Wirkkala Rut Bryk Foundation’s Collection / EMMA – Espoo Museum of Modern Art
© KUVASTO, Helsinki & JASPAR, Tokyo, 2018 C2531
Written by マルコ