公開日:2019年12月16日
南仏プロヴァンス地方が生んだ虫の詩人、ジャン・アンリ・ファーブル(1823〜1915年)。子供の頃に「ファーブル昆虫記」を読んだ人もいるのではないでしょうか?
伊丹市昆虫館で現在、企画展「アルマス〜ファーブル先生の秘密基地」が開催されています(1月27日まで)。
(企画展のチラシ)
そこで、この企画を担当された昆虫館の奥山清市(おくやま せいいち)館長に、今回の企画展の見どころやファーブルの魅力について伺いました。ファーブル昆虫記を「子供の読み物」と思い込んでいる方、大人こそが味わえる深遠な魅力もあるそうですよ!
この機会に、伊丹市昆虫館へファーブル先生を尋ねてみてはいかがですか?
ーそれでは、伊丹市昆虫館の奥山館長にお話を伺いたいと思います。まずは、展覧会の概要について教えてください。
伊丹市昆虫館でファーブルの本格的な企画展を行うのは今回が初めてです。ファーブル昆虫記は、昆虫好きにとってのバイブルであり、ご存知の方も多いと思います。この企画展では、ファーブル先生が55歳で手に入れた「アルマス」にスポットライトを当てています。
ー「アルマス」って何ですか?秘密基地というサブタイトルがありますが。
聞いたことのない言葉ですよね?まずは「アルマス」って何?という疑問が、興味を持っきっかけになればと思い、あえてなじみのない言葉をタイトルにしました。
その「アルマス(HARMAS)」というのは、南仏プロヴァンスの言葉で「荒れ地」を意味します。
ファーブル先生は、貧しい中から教員として身を立て、大変な苦労をして昆虫の研究を続けました。そして、55歳で念願が叶い、1ヘクタールの庭つきの家を買います。ファーブル先生はこの庭つきの自宅兼研究所を「アルマス(荒れ地)」と名付けました。自然のままに草花が茂り、多様な昆虫が訪れる庭です。ここで本格的に研究や昆虫記の執筆に専念できるようになり、83歳で全10巻の昆虫記を完成させ、91歳で亡くなるまでここで過ごしました。
ー今回はそのアルマスの一部を再現しているんですよね?
ファーブル先生が昆虫記を執筆した机や愛用の帽子などの貴重なレプリカを展示しています。これは東京の「ファーブル昆虫館」(ファーブル研究の第一人者で、仏文学者の奥本大三郎氏が開設)からお借りしたものです。また写真パネルで、アルマスの研究室や庭の様子をご覧いただけます。ぜひ、アルマスの雰囲気を感じ取っていただきたいと思います。
ーさきほど、今回が初めてのファーブル展だと伺いました。今回の展示を企画したきっかけは?
あるとき私の娘と話をしていて、娘は学校の図書室にファーブル昆虫記があるのは知っているけれど、読んだことがない、なんだか難しそうと言っていました。
学齢に応じたファーブル昆虫記はどこの図書館にもあって、決して難しくないし、敬遠するのはもったいない。
また、ファーブル研究者の奥本大三郎先生が2005年から刊行を始めた「完訳版」が、2017年に完成しました。これまでの直訳調の翻訳ではなく、昆虫に詳しいフランス文学者ならではの、オリジナルに忠実で違和感のない日本語で「完訳」されたもので、大人にこそ味わってもらいたい本です。
そこで、大人にも子供にもファーブル昆虫記の魅力を知ってもらい、昆虫記を読むきっかけになればと思い企画しました。
ー大人も楽しめる本なんですか?
50〜60代の方でファーブル昆虫記に関心を持つ方が結構いらっしゃいます。
ファーブル先生が昆虫記を書き始めたのが50代で、完成したのは80代。ファーブル先生が生涯に渡って粘り強く研究を続けた姿に、今からでも何かを始められると勇気づけられます。
長年にわたる昆虫研究の成果をまとめた本ですが、昆虫や植物だけでなく地理、歴史、文学など幅広い知識が織り交ぜられています。ファーブル昆虫記を通じて「博物学」の面白さに興味を持たれる方もいらっしゃいます。
伊丹市昆虫館は来年で30周年ですので、開館当時に子供だった人たちは今、ちょうど子育て世代。開館当時に子供を連れてきた親たちは今、60代前後ではないでしょうか。親子3代、それぞれの視点で楽しめる展示となっていますので、しばらく足が遠のいていた方も、ぜひご家族で昆虫館に来ていただきたいです。
ーファーブル昆虫記の魅力について、もう少し詳しく教えてください。
昆虫記は全10巻で(完訳版では各巻が上下巻に分かれている)、第2巻以降がアルマスで書かれました。それぞれに完結した話が書かれていますので、どの巻から読んでも大丈夫です。例えば、第2巻の上にはアルマスを手に入れたときの熱い思いが語られています。ある意味で昆虫記の本当の序章であり、おすすめです。
ファーブル先生は「自分の目で見たものしか信じない」という徹底した実証主義者でした。都合の良い推論を遠ざけ、昆虫の生態について自分の目で確かめたこと、実験の結果分かったことを重視しました。そして、昆虫が持つ「本能」の謎に迫り、さらには「生とは何か、死とは何か」という思索を深めました。
自分の目で見て、自分の手で試して、自分の頭で考えることの重要性をファーブル先生が教えてくれます。玉石混交の情報が飛び交う現代社会を生きる私たちにこそ、こうした実証主義の視点から学ぶことが多いと思います。
では少し、展示室内を見ていきましょう!
まず最初に目に入るのが、ファーブル昆虫記の中でも特に有名なスカラベ(フンコロガシ)のコーナーです。
フランス語の原書にも、スカラベの写真が掲載されています。
その隣には、スカラベの大きな模型や映像もあります。
続いて、ファーブル昆虫記で活躍するスター級(?)の昆虫たちの標本がズラリと並びます。奥山館長によると、美しい蝶などの標本はよくありますが、こうした南仏の草地にいる普通の昆たちの標本は大変珍しく貴重だそうです。
私は、その中でもソライロコガネという虫の標本に目を奪われました。その名の通り、鮮やかな空色に輝く小型のコガネムシです。まるで宝石のように美しい色で、一つ一つの色が微妙に異なります。
反対側は、「アルマス」を再現したコーナー。まず目に入るのが、「アルマス」の研究室の大きな写真。その手前に置かれたファーブル愛用の机(レプリカ)と縮尺がそろっているので、近づくとまるで研究室を訪問したような気分になります!右手には、「アルマス」の庭やその周辺の美しい写真が展示されています。
そして注目いただきたいのが、「アルマス」コーナーの角っこにある「ファーブルによるガの実験」と書かれた解説。奥山館長がファーブルの真骨頂と力説されていた「実証主義」について、数々の実験の過程を示しながら解説されています。実験の対象となったオオクジャクヤママユの標本と一緒に、実験道具のレプリカも展示されています。
続いてファーブルの年譜が展示されています。奥山館長によると、この年譜でみなさん驚かれるポイントがあるそうです。ファーブル63歳のところですので、ぜひ会場で確認してみてください(笑)!
小さなお子さん連れで訪れても、じっくり展示を見ることができます。
展示室にはぬりえコーナーが置かれていて、ファーブル昆虫記に登場する昆虫の実物(標本)を見ながら、その昆虫のイラストに色ぬりができます。これってとても贅沢?私も子供を連れて行きましたが、緑色に輝く標本を見と見比べながら、オサムシのぬりえに集中していました。
もう一つ、伊丹市立昆虫館の隠れた名物と言えばリアルな顔ハメ!今回は…やっぱりスカラベの糞球ですよねー。これには子供も大はしゃぎで、楽しく記念撮影できました。
見どころが盛り沢山の企画展ですが、ファーブル昆虫記や関連する書籍約40冊が自由に読めるコーナーもあります。子供向けから「完訳版」まで、ファーブル昆虫記だけでもこれだけのバリエーションがあることに驚きました。どの巻から読んでも大丈夫とのことでしたので、私もいくつか手にとってページをめくってみました。
さらに、この裏側に回ると「インセクタリゥム」という雑誌のコーナーがあります。奥山館長に伺うと、かつて月刊で発行されていた伝説の昆虫専門雑誌で、大勢の昆虫研究者・愛好家で作り上げた日本のファーブル昆虫記のような雑誌だったとのこと。貴重なコレクションだそうで、ぜひ手にとってご覧ください。
展示室を入ってすぐのところに「ごあいさつ」と題されたパネルがあります。奥山館長から来場者へのメッセージが書かれているのですが、その中に気になる一行がありました。
そして、あなた自身が「自分にとっての“アルマス”は何だろう?」なんてことを、あれこれ考えながら展示を楽しんでいただければ、これ以上の喜びはありません。
とても興味深い問いかけですね。ファーブルにとっては、ずっと夢見ていたもの、苦労の末に手に入れたもの、その後の後半生に情熱を傾けたもの、誰にも邪魔されずに好きなことに没頭した場所…などなど様々な見方ができると思います。さて、自分にとっての“アルマス”は何か?みなさんも、あれこれ考えてみてはいかがでしょうか。
(写真は伊丹市昆虫館のチョウ温室で撮影)
今回、昆虫館の奥山館長から企画展についてお話を伺ったのですが、たくさん語っていただいたことの10分の1も記事にできなかった気がします。それくらい、ファーブルや昆虫記に対する奥山館長の熱い思いを感じました。
その奥山館長のお話が聞けるミニ講演会「年末・年始はファーブル昆虫記を読もう!」が、12月22日(日)午前11時から開催されます!(要整理券。当日午前9時30分から館内で配布)
(ミニ講演会のチラシ)
昆虫記に登場する虫たちのおすすめエピソードや、人間としてのファーブル先生の魅力について、わかりやすくお話しいただけるとのこと。もっと詳しく聞いてみたい方は、ぜひこの機会をお見逃しなく!
この記事を読んでいただいた方には、奥山館長のファーブル昆虫記への愛が伝わったのではないでしょうか?お忙しい中、取材にご協力いただきました奥山館長、どうもありがとうございました!
(完訳版の第2巻の上の表紙)
昆虫好きというわけではない私も、年末年始にファーブル昆虫記をじっくり読んでみたくなって、帰り際に館長おすすめの「完訳 ファーブル昆虫記 第2巻の上」を昆虫館の売店で購入しました。
(昆虫館の1階売店で関連書籍やグッズを販売中)
もう一つ、伊丹市昆虫館でのみ限定販売(数量限定)しているという、ファーブル昆虫記の素敵な図録も。今回の企画展にたくさんの写真や展示物を提供いただいている昆虫写真家の第一人者、海野和男氏の美しい写真が満載です。ファーブルの生まれ故郷の村や「アルマス」の写真もあって、今回の企画展の図録としておすすめです!
帰宅して、年末を待ちきれずにファーブル昆虫記(第2巻の上)を開いてみると、扉に書かれた献辞に胸をつかまれました。アルマスを手に入れた喜びから始まる第2巻は、16歳で病死した最愛の次男ジュールに捧げられています。少し長いのですが、献辞をそのまま引用してこの記事を終えます。ファーブルの人間としての魅力や文章の美しさに興味を持っていただけるかと思います。
(ファーブル昆虫記 第2巻扉の献辞)
いとしい子よ、あんなにも昆虫が好きであった私の協力者よ、植物に関してあんなにも鋭い目をもっていた私の助手よ、おまえに読ませるために、私はこの本を書きはじめたのであった。おまえをしのびながらこの仕事を続けてきたのだ。そうしておまえを失った悲しみのうちにこれを続けることであろう。
ああ、死とはなんと忌まわしいものであろうか、輝かしい真っ盛りの花を刈りとってしまうとは。
お前の母親や姉たちが、おまえの大好きだった野の花の花冠を、おまえの墓に捧げに行く。
たった一日の太陽にしおれてしまうその花冠に、私はこの書物を添えておいた。これにはおそらく、明日という日があることであろう。「彼岸」での目覚めをかたく信じている私には、こうしていると、おまえとの協同研究を続けているように思われるのだ。
企画展「アルマス〜ファーブル先生のひみつ基地〜」
L’HARMAS, Secret Base of J. H. FABRE
2019年11月7日(木)〜2020年1月27日(月)
火曜休館
年末年始の休館
2019年12月29日(日)~2020年1月3日(金)
伊丹市昆虫館
2階第2展示室
兵庫県伊丹市昆陽池3丁目1
大人400円、中高生200円、3歳〜小学生100円
2019年12月22日(日)
11:00〜12:00(開場10:45)
伊丹市昆虫館 1階 映像ホール
参加無料(ただし、当館入館料必要)
当日先着70名(9:30より館内で整理券配布)
取材協力:伊丹市昆虫館 奥山館長
Written by マルコ