阪急伊丹線の阪急最古参車両がついに引退~3000系ミニストーリー

2020年05月09日

阪急伊丹線で長らく活躍を続けていた阪急電鉄の現役最古参車両、3000系3054編成がついに引退したようです。
2月上旬に運用から離れ、しばらく西宮車庫で休んでいましたが、5月7日に工場のある京都線の正雀へ向けて帰らぬ旅へでました。
このままおそらく廃車~解体されるものと思われます。

阪急3054編成(2019年5月 伊丹駅にて撮影)

伊丹線で長らく活躍した3000系車両に惜別と敬意を表して、これまでの3000系の歩みと、最後まで活躍した3054編成について、懐かしい写真を交えながらご紹介していきましょう!

阪急3000系車両とは?

阪急3000系車両は、昭和39(1964)年から昭和44(1969)年にかけて製造された、神戸線・宝塚線車両です。
当時架線電圧が600ボルト(路線電車などと同じ)だった神戸線・宝塚線の電圧を今と同じ1500ボルトに上げるため、切り替えにすぐに対応できる車両として宝塚線用の3100系と合わせて154両が製造されました。

宝塚線用の3100系車両(1977年ごろ・川西能勢口駅)

最初は神戸線・宝塚線で大活躍

もちろん最初は神戸線・宝塚線に投入され、昭和42(1967)年~44(1969)年に行われた電圧1500ボルトへの工事の時にも、切り替えが簡単なことから大活躍を見せました。
ちなみに新しい阪急梅田駅の神戸線ホームが完成した時の祝賀列車に使われたのも3000系です。
昭和45(1970)年に開催された大阪万博の時には、京都線や千里線にも乗り入れ、万博へ向かうお客さんの輸送にも活躍しました。

3000系のトップナンバー3050号車。まだ冷房はありません(1977年ごろ・今津線西宮北口駅)

冷房化・そして表示幕改造へ

昭和49(1974)年からは冷房装置を取り付ける工事が始まります。

冷房化された3100系(1980年ごろ・宝塚線十三駅)

最初はクーラーの取り付けだけでしたが、途中からは新型車両と同じように前面に行先と種別の表示幕も取り付けられて、少し表情が変わりました。

(写真引用:muzina_shanghai

本線から伊丹線へ

神戸線の特急や宝塚線の急行など本線系で活躍してきた3000・3100系ですが、新型車両が増えてくるにつれ、活躍の場を支線に移していくことになります。

伊丹線では昭和63(1988)年3月に3100系、2年後には3000系がやってきました。

震災で2両が犠牲に…

伊丹線で3000・3100系が活躍を始めたさなかの平成7(1995)年、阪神・淡路大震災が発生します。
ちょうど発生時刻に伊丹駅に停車していた3159編成が伊丹駅の崩落に巻き込まれてしまいました。

震災で倒壊した阪急伊丹駅 手前が3159編成(写真提供:松田潤氏)

この時に被災した車両のうち、3109号など2両は残念ながら廃車に。しかし廃車を逃れた残る2両、3159号と3610号車はこのあとも伊丹線に残り、なんと平成25(2013)年まで活躍をつづけました。

「伊丹線の主」に

震災も乗り越えた伊丹線の3000・3100系は一時、伊丹線の全運用を担うまでの存在になります。
ちなみに阪急で最後まで運行標識板(電車の前についていた丸や四角の行先などを表示する看板)をつけていたのも、伊丹線の3077編成でした。

この3077編成は2014(平成26)年2月で引退、これで阪急から運行標識板を付けた車両、いわゆる「板車」は姿を消しました。

阪急3000系3077F 廃車回送 阪急京都線十三駅
阪急3000系3077F 廃車回送 阪急京都線十三駅 posted by (C)tetuwo181

世代交代で終焉へ…

神戸線などからやってきた車両と入れ替わりはありながらも「伊丹線の主」として活躍してきた3000・3100系ですが、伊丹線にもついに世代交代の波がやってきます。
本線に最新鋭車両の1000系が登場するのに合わせ、7000系や6000系車両が伊丹線に活躍の場を移すことになったのです。

姉妹車だった3100系は一足早く、2016(平成28)年7月に引退の時を迎えました。

惜別ヘッドマークを付けた最後の3100系3150編成。約3週間この姿で伊丹線を走った

その後も伊丹線に残った3000系ですが、2019(平成31)年3月に3062編成が廃車となり、いよいよ3054編成の4両を残すのみとなったのでした。

「最後の3000系」3054編成はこんな車両

では伊丹線で最後まで活躍した3054編成とはどんな車両たちなのでしょうか?

伊丹線の3054編成(2019年12月・塚口)

伊丹線ではこんな編成でした。

←塚口  (Tc)3054ー(M)3502ー(T)3551ー(Mc)3003  伊丹→

このうち真ん中の2両、3502と3551号車は1964(昭和39)年11月にデビューした、なんと3000系最初の車両でした!
先頭2両の3054と3000号車は翌1965(昭和40)年9月に、第2次車として登場しています。

「どうして最初に作られた車両が一番最後まで残ったの?」と思われるでしょうが、冷房改造されたのが最後の方だったということも関係しているようです。

3054ヒストリー

昔の写真を探してみたら、冷房化される前の3054号車の写真を見つけました。

非冷房時代の3054編成(1977年ごろ・川西能勢口駅)

当時祖父の家が川西能勢口駅近くにあったので、たまたま夜に駅前の踏切で撮影していたようです。
よくぞ撮っていたものです(笑)。

神戸線と宝塚線両方で活躍し、2012(平成24)年まで神戸線で活躍し、その後伊丹線へとやってきました。
ちなみに神戸線で一番最後まで活躍した3000系もこの編成です。

(写真引用:muzina_shanghai

一番古い車両は3551号車

阪急最古参車両となった3054編成の中でも最も古い車両なのが、3551号車です。

最も古い3551号車(2019年5月・伊丹駅)

阪急の車両は手入れが行き届いていて、塗料の関係もあるのですが、とてもデビューから55年が経っているとは思えません。

3551号車の車内(2019年5月・伊丹駅)

3551号の車内にある銘板には「ナニワ工機(現・アルナ車両)・昭和39年」とあります。
デビューしたのは、前回の東京オリンピックが開催された2か月後でした。

前回の東京オリンピックにはわずかに間に合わず、東京2020大会も(延期になりましたが)わずかの差で見届けることができませんでした。

そして2020年5月、ひっそりと…

かつて多くの名車たちがここ伊丹線の活躍を最後にで引退し、その多くが「さよなら運転」で引退の花道を飾ってきました。

そして3054編成は2月で運行を終了した後、すぐには廃車されずに3か月間、西宮車庫で待機することになります。
もしかすると阪急電鉄は3000系にも「最後の花道」を用意してあげようとしていたのかも知れません。

でも諸事情でそれもかなわず、ひっそりと姿を消すことになった3000系。

長い間の活躍、本当にお疲れさまでした。

[文・たっきー@ECHO]

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