『鳴く虫と行灯社』CD発売記念インタビュー〜秋の夜の録音秘話〜[前編]

公開日:2021年12月27日

2021年9月、音楽ユニットの行灯社から『鳴く虫と行灯社』というタイトルのCDがリリースされ、ITAMI ECHOでも紹介しました。

今回は、CD発売を記念して行灯社のお二人(小さなハープ:みほさん、フルート:ちえみさん)にインタビューを行いましたので、前編・後編に分けてお届けします!

前編では、世にも珍しいCDがどのようにして録音・制作されたのか、虫との距離をめぐる貴重な体験等について。後編では、CD完成後に感じたことや、“伊丹の秋の風物詩”としてすっかり定着した「鳴く虫と郷町」との関わり、イベント自体の不思議さ等について、とても興味深いお話を伺っています。ぜひ、じっくりと耳を傾けてください!

ーそもそも今回、『鳴く虫と行灯社』というCDを作ろうとしたきっかけは?

みほ:どこから話したらいいのでしょうか……。もともとは、2017年の「鳴く虫と郷町」のときに、メイン会場の伊丹郷町館で「鳴く虫と暗蔵(アングラ)」という企画があって、そこへお客さんとして見に行ったら、それがとても素敵だったんですね。旧岡田家住宅の酒蔵の中を真っ暗にして虫を置き、虫の音(ね)に浸ってもいいし、懐中電灯で虫を探して探検気分でもいいし、とにかくめっちゃいい!と思いました。イベント以前から好きで、よく訪れていた場所なのですが、特に「これだ!」と感じるものがあって、気に入って何回も出入りしました。

暗い酒蔵の中に入って、じっと虫の音を聞いていたら、「この空間に音楽を置いてみてはどうか?」とふと浮かびました。簡単に言うとライブなのですが、音楽が主役で虫が背景というのではなく、同じ展示品として並べて、空間全体をひとつの作品にするようなことができないか?と考えたんです。

旧岡田家住宅での鳴く虫の展示(「鳴く虫と郷町」ウェブサイトより)
旧岡田家住宅

「行灯社と聞く郷町館の夜」(2018年)

みほさん

みほ:そこで、翌2018年に「暗蔵」を企画された郷町館の方々と打ち合わせを重ねて、「行灯社と聞く郷町館の夜」というライブを一緒に企画していただきました。タイトルを耳へんの「聴く」ではなくて、門がまえの「聞く」とした理由は、音楽も含めた周りの環境、つまり会場の土間を歩く音や、道行く人の話し声、車の気配、風の音も全部含めた、夜の郷町館の音を体験するというイメージから。

そのときは、職員の方から「せっかくなので酒蔵以外でも演奏したら素敵かもしれません」とご提案があり、旧岡田家住宅の土間や旧石橋家住宅のカウンターでもライブをしました。場所によって響き方が変わるのも魅力的だったので、お客さんにもそれを楽しんでもらえるのではないかと思いました。

当日、予想以上に多くの方が来られて私たちはちょっと慌てたんですけど、虫もしっかり鳴いていたし、夜の郷町館という空間自体が素敵だし、雰囲気としては狙いどおりでした。

「行灯社と聞く郷町館の夜」旧岡田家住宅の土間(行灯社提供)
「行灯社と聞く郷町館の夜」旧石橋家住宅での演奏(行灯社提供)

ちえみ:企画のコンセプトにあわせてスピーカーなどの音響機器は使わなかったのですが、ハープは音が小さくて普通なら広いところで演奏したら聞こえにくいはず。でも、「虫の音や雑踏にまぎれていることも含めて良かった」と言ってくださる方もいました。楽器の音を聞くには十分な環境ではありませんが、もともとの意図どおり、「楽器の音を聞こうとしたら色々な音が聞こえてくる」というコンセプトに付き合ってくれた方もいて、企画としてはとても良かった。

みほ:場所を変えていくと、お客さんも入れ替わるかなと思っていたのですが、けっこう皆さんついて来てくれて。夕方から始まりましたが、はじめは明るめのところから始まって、わいわいしているうちに皆さんを暗いところへお連れする感じになって。あと、タイミングが良かったのか、「鳴く虫と郷町」の関係者の方も多く来てくださって、良かったという声をいただいたことも多く、うれしかったです。

ちえみ:「鳴く虫と郷町」は関連イベントがたくさんあるので、作る側と見る側を行き来するのも楽しみ方のひとつですが、いつも複数のイベントが並行しているので、それって意外と難しいですよね。このときライブをやってみて、確か、みほが「ここで録音をしたら?」と考えついた。

みほ:CDをつくるという以前に、単に「この状態を録音したらどうなるんやろ?」みたいな、すごく個人的で小さな発想だったんです。

ちえみ:2018年の時点で録音のアイデアは思いついたけど、それをはじめて相談したのは2019年の打ち合わせのときです。

「鳴く虫と行灯社ライブ〜酒蔵から暗蔵へ〜」と録音(2019年)

みほ:郷町館でのライブがとても楽しかったので、次の年(2019年)にも「鳴く虫と行灯社ライブ〜酒蔵から暗蔵へ〜」というタイトルでライブを企画しました。会場が同じであることを活かしながら、新たな面も出したくて、職員の方々といろいろ案を出し合って、今度は酒蔵に特化してやってみようということになり、明るい昼間の「酒蔵」と暗くなってからの「暗蔵(アングラ)」で2回のライブをしました。

「鳴く虫と行灯社ライブ〜酒蔵から暗蔵へ〜」酒蔵編(行灯社提供)
「鳴く虫と行灯社ライブ〜酒蔵から暗蔵へ〜」終演後(行灯社提供)

一方で、録音の構想については、まず、「鳴く虫と郷町」の運営会議で相談しました。郷町館は「鳴く虫と郷町」のメイン会場で会期中は忙しくされているので、こういうふわっとしたアイデアでご迷惑をおかけしてはいけないと思いました。ある程度自分たちで課題を書き出して、運営会議でこうすれば実現できるんじゃないかと相談したんです。

また、録音するということが最初の発想でしたが、それをどういう形に落とし込むか悩みました。関わっている皆さんにとって良い形というか、誰にとっても無理のない範囲でおもしろいものが作れないか、ということには気をつけました。

ーこれまで「鳴く虫と郷町」が展開してきた文脈を読み取って、コンセプトなどに影響を与えないようにということですか?

ちえみ:確かに「文脈」というのがピンと来ますが、そういうことはすごく気になりました。関連イベントでもないし、限定メニュー※や商品でもないし。前例がなかったので録音をどう位置づけるのかが分かりませんでした。
※「鳴く虫と郷町」参加店が「虫」や「秋」にちなんで考案する期間限定のメニュー

みほCDをつくるとしたら、飲食店で提供する限定メニューのような並びでもいいかなと考えました。パスタ屋さんならパスタをつくるし、パン屋さんならパン、ミュージシャンならCDになるかなと。それで、限定メニューのような枠組みで録音できないかと相談しました。

そしたら、みなさん「ええやん!」とおもしろがってくれて。郷町館側の条件もあるだろうし、そこは要相談だけど、「鳴く虫と郷町」の運営側としては大丈夫、応援しますと言ってくれて。

郷町館の前向きなご協力で

ちえみ:その後、郷町館の方々とライブの打ち合わせと併行してご相談しました。そこでいろいろと一緒に考えてくださって。

みほ:確かに前例がなかったんですけど、単に場所を使わせていただいたというだけではなくて、一緒にライブをつくってきた流れがある中で、企画の段階から一緒に作っていただいたという感じがありました。

ちえみ:かなりタイトなスケジュールの中でしたが、虫たちがよく鳴く時間帯にリハーサルと録音で2日お借りすることができました。

2019年はライブや録音以外にも、関連イベントとして朗読会も企画し、「鳴く虫と郷町」でやってみたいことをほぼ全て実現した年になりました。

旧岡田家住宅前でのちえみさん(行灯社提供)
録音リハーサル(行灯社提供)

録音してみたら

みほ:録音した時点では、虫の音がどこまでとれているか、CDの形まで持っていけるかどうか、まだ分かりませんでした。はじめは、自分たちでCD-Rに焼いて、ちょっとこんなのを作りましたと売るところまで行けたらいいなと考えていて。

レコーディングをお願いしたのは、音楽活動を始めた頃からお世話になっている、京都のアウノウンパーラーの岸本想太さんという方です。レコーディングと言っても、小さいレコーダーだけで、虫の音も楽器の音も全部一緒に録音するという形でした。もっとこだわるなら、マイクを一本一本置いていく方法もあると思いますが、楽器の音をクリアにとるというよりは、全体の空気というかその場の環境全体をとれたら良いという感じでした。

ちえみ:CDを聞いたときに、まるで酒蔵の中で演奏を聞いているみたいな音がとれたらいいなと思って。それと、それまで作ったことがあるのも同じ方法で録音した手作りのCDだったので一番負担なくできるというか、ちょうど良い方法でした。

録音風景、虫との距離感

みほ:一つのレコーダーだけで音をとるのは難しさもあります。フルートとハープは楽器として音量差がかなりあります。ふだん生音で演奏するときは、フルートの音を抑えてハープが椅子を若干前に出すなど、アナログな方法で調整しています。録音のときも物理的な距離だけで調整するんです。

郷町館は「鳴く虫と郷町」のメイン会場ですから、展示される虫の種類が最も多く、その中から「キリギリスはいてほしいな」とか、「スズムシはいっぱいいるけど少し減らす?」「ササキリどうする?」みたいな感じで虫を選ぶんです。それでもやっぱり虫は鳴いたり鳴かなかったりするし、鳴く音量もそれぞれ違います。例えば、よく聞こえてほしい虫はレコーダーの近くに置くけど、こっちで鳴き過ぎるとハープが負けるな……とか考えながら調整しています。

ちえみ:それに、人間の耳は優秀なのか、虫が鳴く中であっても、音楽を聞こうとすると音楽にフォーカスできるんですけど、録音してみると意外に虫の音が大きかったというのがありました。別々に分けて録音していると音量を後から調整できますが、それができないので、どの位置にどの虫を置くかということにかなりの時間をかけました。

みほ:技術的に難しかった点なんですが、かえってそれがおもしろかったです。虫を丸く並べた方がいいのか?とか、この虫にはこっちにいてもらおう……とかって。

ちえみ:その結果、ハープが前、フルートは後ろ、その後ろにコオロギやスズムシがいて、その周りに他のキリギリスとかマツムシというふうにセッティングしました。

みほ:クツワムシもいたんですけど、鳴き出したらけっこうな音量だったので、クツワムシには離れてもらいました。

ちえみ:職員の方と一緒に、クツワムシを一番遠くまで運びましたね。

みほ:クツワムシは昼間はあんまり鳴かないんですけど、暗くなるとよく鳴くので、うっかりすると演奏が始まってから大音量で鳴き出すことになります。特にその年は数も多かったので。

曲によって立ち位置も変えていましたね。CDの中に2曲のボーカル曲が入っていますが、「星めぐりの歌」ではボーカルはマイクの近くで、フルートは遠い状態で録音しました。「かごめかごめ」では二人とも歌っていてハープが伴奏でしたが、全体の音をとりたかったので、少しマイクから遠めで二人は横並びという具合に。これにもけっこう時間がかかりましたね。

クツワムシは離れた場所に(行灯社提供)

ーそんなフォーメーションを考えながら虫と一緒に録音したのは、たぶん世界初ですよね

ちえみ:どうなんでしょうね?他にはあまり聞いたことがないですが、その観点で考えたことがないのでわかりません。

みほ:演奏の他に考えることも想像以上に多くて。ギリギリまで時間をかけて録音しました。

録音本番(行灯社提供)
録音本番時のひとこま(行灯社提供)

録音を終えてみたら

ちえみ:こんな感じで、2019年は録音することに精一杯でした。とにかく、郷町館の方々にとても柔軟に対応いただいたことも、虫の音がきれいに録音できたことも、予想以上でした。それで、翌年にはCDの形になったらおもしろいね、と言っていました。

みほ:無事に録音ができたので、そのあとは岸本さんに音を調整してもらいました。岸本さんからは、最初に音源を聞いたときに、外の車の音が思ったより入っていると指摘があったんです。私たちは郷町館の酒蔵が馴染みの場所だったこともあって、耳が自動的に車の音をカットしていたというか、特にうるさいというイメージはありませんでした。

言われてみれば、交通量の多い道のそばですし、空港も近いから飛行機の音だってするし……もし虫の音よりも車の音の方が大きく感じるならダメなのかなと、そのときは思いました。ですが車の音は他の音より低音なのでカットして聞きやすくすることができました。そうした調整は岸本さんにお任せしました。

ちえみ:虫の音もとても強かったので、その高音も聞きやすいように調整してもらいました。

みほ:録音時にも感じましたが、ふだん私たちが虫の音を聞くときは、自動的に耳が調整しているのであって、音源として聞いてみると意外にキンキンとかガシャガシャとか金属的で強い雑音に近いと感じる。

ーそれはおもしろいですね。人間の目もカメラと違ってピントが無意識に調整されますけど、耳にも同じような機能が働いていて、それを機械で再現するのは難しいのかもしれませんね。

みほ:それは、改めて気がつきました。

ちえみ:虫の音を普段はきれいなものとして聞いているので、例えばスズムシに「きれいだからもっと鳴いて」って思ったりしますが、音源としてそれを聞き直すと、かなりきつい音なんですよ。流していないときも耳に残るぐらい。

みほ:そのへんは、聞きやすいようにまろやかに調整してもらいました。

曲の前後は虫の音だけ

みほ:CDでは、曲の前後に虫だけが鳴いている部分があるんです。虫の音が流れる中で音楽が始まり、また虫の音だけになって終わるというイメージがあったので、あらかじめ曲の前後を長めに録音してもらいました。ここも気に入っているところです。

曲の前後にどれくらい虫の音を残すかという部分も相談しながら進めました。「マツムシの声を聞いてもらってからの方がいいかも」とか、「この最後のひと鳴きも残したいよね」とかって。演奏とは違う部分でおもしろい体験だったし、新鮮で楽しかったです。

ーCDを聞いていて、曲の前後もとても心地よく感じました。虫がいる環境に音楽が置いてあるという世界観を感じました。

みほ:曲によって鳴いている虫の種類や数が違っても自然に聞こえるように、曲と曲の間はフェードイン・フェードアウトにしました。曲が盛り上がるところで虫たちが一緒に鳴いたり、一斉に鳴き止んだりする瞬間が時々あったり、楽器に合わせて鳴いているようにも感じました。何百匹という虫がいて、それぞれがばらばらに鳴いているはずなんだけど、ちょうど曲の間でぴたっと鳴き止んだりして、何が起こっているのだか……。

ちえみ:音って物理的なものなので、たぶん虫たちは音に反応していると思うんです。虫が音楽を分かっているかどうかの話ではなくて、単に音として反応したり、人の気配を察知したりして鳴き方を変えている。一緒に盛り上がっているのか、対抗しているのかは分からないけど、何か反応しあうものがあって、符合としか言いようがないと感じました。

CDの形にしよう

みほ:そうした作業は、録音直後ではなくてある程度時間が経ってからしていたのですが、期待以上に虫の音がきれいにとれていることが分かってきました。そこで、手焼きCDではなくて、かっちりしたCDの形にしようという案も浮上してきました。

ちえみ:最初はもう少しこぢんまりとしたものを想定していたので、運営会議や郷町館と相談していた形とは少し違うことになったのですが……。

みほ:最初に目指す形があったというよりは、ひとつずつ確認しながら積み上げていった感じでした。それが、ようやく今年、このCDの形になったということがとてもうれしいです。

ーそのアイデアが浮かんでも簡単には実現できませんね。いろんな条件やその後の調整など、全部がそろって完成した奇跡のCDですね!


『鳴く虫と行灯社』CD発売記念インタビュー 〜秋の夜の録音秘話〜[後編]に続く。

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