公開日:2021年12月28日
『鳴く虫と行灯社』CD発売記念インタビューの前編では、虫に囲まれた貴重な録音風景や、CD完成までの秘話を伺いました。
『鳴く虫と行灯社』CD発売記念インタビュー 〜秋の夜の録音秘話〜[前編]
後編では、CD完成後に感じたことや、これまでの「鳴く虫と郷町」との関わり、このイベント自体の不思議さやおもしろさについて話が展開します。最後までお楽しみください!
みほ:今回のCDが、もう一つ他の関連イベントと違うところは、これから私たちのライブでもCDを販売するので、伊丹の「鳴く虫と郷町」自体を知らない人たちにも聞いてもらえるということです。
私たちはライブで「鳴く虫と郷町」のことをよく話題にするので、イベント名だけは伝わっているけど実際に行ったことがない人もいると思います。そういう人にも聞いてもらって、「こんなイベントをやってるんだ!」と、イベントを知るきっかけになったり、実際に行ってみようと思ってくれたりしたらうれしいです。
このことは、最初から意図していました。どちらかというと内向きの、虫の音と音楽を録音して聞いたらおもしろいかなという思いつきと、外向きの知らない人に知ってもらえたらうれしいというのは両方ありました。このバランスも重視しています。
ちえみ:録音から2年が経ってCDができた今、虫が鳴いているCDって冷静に考えてみると奇妙というか、珍しいなと思うようになってきた。録音した当時も、虫が鳴いている中で演奏させてもらえるということの貴重さは分かっていましたし、ありがたいと思っていたんですけど、それがとても稀有なことだということが、どうもぼやけていて。「鳴く虫と郷町」ではもともと音楽の企画がいろいろあるし、虫の音と音楽の相性がいいのはみんなが知っている、普通のことだと思っていたので。
でも、しばらく時が経ってみると、自力ではとても集められないような数・種類の虫がいるところへ、私たちがおじゃまして虫と一緒に録音してCDを作ったということが、とても稀有だということに、今年になって気がつきました。
みほ:CDを以前から心待ちにしてくださっていた方がコメントをくださったのですが、「ユニークで美しい」と言ってくださいました。あぁそうか、考えてみたら虫と演奏するのってユニークなのか!と改めて思いました。そういう方に聞いていただくことを構想していたにもかかわらず、いざ言われてみると、あぁこういうことかと。
私たちからしたら、「鳴く虫と郷町」は毎年恒例のイベントで、ほとんど日常に近いものと考えていたけど、ある人にとってはユニークでおもしろいことなんや!というのを再認識しました。
ちえみ:その辺の認識は甘かったですね。CDを作るという出来事をめぐって起きていくことをそうやって認識していくのはおもしろいし、そういう経験ができてうれしいです。やりながら分かってくるという感じで。
みほ:一方で、関係者の方にもCDを買っていただけました。「鳴く虫と郷町」は街のあちこちで行っていて、幅広い人が関わっているイベントだと思います。運営に関わる人、お店の人、ご近所の人、私たちのように他の街からやってくる人もいます。今年は、私たちは関連イベントはしませんでしたが、このCDを作ったことでいろいろな方とやりとりができて。関係者の方からは「あぁ、鳴く虫のときに録音してCDにしたんやね」とかって、このユニークさを普通に受けとめてもらえたこともうれしかったです。
ちえみ:馴染みのものの、ちょっと新しい形というふうに受け取ってくれて、しかも買って聞いていただける。
みほ:だから、「鳴く虫と郷町」を知らない人とよく知る人と、どっちにも開いている感じが、私はうれしかったです。伊丹では以前からイベントでの演奏に呼んでいただくことも多かったのですが、もう一つ別の広がりができたのかな、とも感じました。
ー行灯社さんは、「鳴く虫と郷町」の運営委員会にも入っていらっしゃると伺っていますが、関わるようになったいきさつを教えていただけますか?
みほ:そもそもさかのぼると、2010年に私が「鳴く虫と郷町」に来たのが最初なんです。伊丹アイフォニックホールでの「貸切!変身!鈴虫音楽堂」というイベントでした。フィドル奏者の大森ヒデノリさん、アコーディオン奏者のかとうかなこさんと、スズムシによるコンサートです。2010年は行灯社を始めた年で、まだライブもそんなにしていなかったときです。
そのときに「鳴く虫と郷町」をはじめて知りました。その帰り、「酒樽夜市」というイベントで五月エコさんがお客さんの間を踊るように歩きながらアコーディオンを弾かれているところをたまたま通りがかって。ホールでのかっちりしたイベントと、お酒を飲んでいるところで音楽が流れているというイベントがある。大きい/小さい、にぎやか/静かという両方があり、それを虫の音がつないでいる……。数時間の滞在でしたが、他にもおもしろいことがありそうなイベントだな、また行ってみたいなと感じました。
最初に受けた印象がずっと続いているとも言えるし、もっと深く知っていくことで分かってくる良さもあるし。それがずっと続いているんです。
みほ:演奏で最初に関わったのは、2012年に三軒寺前広場で行われた「鳴く虫と奏でる北欧・アイルランド音楽~大森ヒデノリ&ザ・セッションハウス~」でした。
大森さん主催のセッション練習会の参加者を中心に、楽器の種類も経験も幅広い方々が集まるライブです。全員で合奏したり、少人数ユニットを組んだり、親子で参加される方がいらしたり、お客さんはお酒と共に楽しんだりという和やかな雰囲気でした。
毎年恒例のように参加するうちに、自分たちでも何か企画をしてみたいなと思うようになって。それで、2015年に市場珈琲さんで「鳴く虫と珈琲屋さんで音楽会」というイベントをしました。
みほ:市場珈琲さんとは、「伊丹まちなかバル」に参加されていた時に「伊丹オトラクな一日」で演奏に伺って、出会いました。それから時々コーヒーを飲みに行くようになったのですが、そのうちここで「鳴く虫と郷町」のときにライブをさせてもらえないかな、と考えるようになりました。
そのときはまだ「鳴く虫と郷町」に参加されていなかったようで、結局、お店を巻き込んで参加する形になりました。演出を一緒に考えていただいたり、いざ演奏してみたらあんまり虫が鳴かないのであれこれ工夫したりして、すごく楽しかったです。
そのときの私たちの狙いはいろいろあったんですけど、鳴く虫と共演したかったということと、自分たちで小さな企画をしたかったこと、それをおいしいコーヒーと一緒にしたかったこと、さらにはお客さんに他の会場やお店を回って、街とイベント全体を知ってほしいというのもあって。
「ライブの帰りに、広場を通ったらいい感じの虫の音が聞けますよ」「郷町館に行ったら虫の展示が見られますよ」などと全部ひっくるめて紹介したら、実際にそのルートで回って楽しかったと言ってくださった方もいらっしゃいました。
それを3年連続でやった後も市場珈琲さんとは、コーヒーを飲みに行ったり、チラシを置いて下さったりとか、ゆるやかにつながっている感じがすごくいいなと思います。
ー壮大なストーリーというか、「鳴く虫と郷町」でいろいろな経験を積み重ねたことの集大成として、CDができたんですね。冒頭に、どこから話してよいのか……と言われていた意味が分かりました。
みほ:「鳴く虫と郷町」というイベントは毎年あって、いろいろな形で関わっている方がいらっしゃいます。関わっている方それぞれに「鳴く虫と郷町」の思い出があるし、やってみたいことがあって、それらが集まって一つのイベントになっているというか、その広がりや緩やかさが大きな魅力と思います。
日常にとけこんでいて、秋の風物詩・鳴く虫というテーマで人が出入りしていて、私たちも伊丹市民ではないけど、こんなふうに受け入れてもらっています。これからも形は変わっていくかもしれないけど、その時々の形で関わっていけたらいいなと思います。
今は、運営会議にも参加しているので、イベント全体や裏側のところも知ることができて、私が個人的におもしろいなと思ったことをそこで共有もできるし、新しい発見もある。
私たちは「オトラク」がきっかけで伊丹に来るようになったのですが、「オトラク」以外でもこうして関われるのは楽しいです。街の人にお世話になりながら、一緒におもしろがってもらいながら、やり取りがあることがおもしろいです。
ちえみ:特に今年だと、演奏以外でもCD販売という形で何かできたということが、とてもありがたいです。「鳴く虫と郷町」について個人的に思うことは、私はこのイベントがすごく好きなんですけど、ひとに説明するのがすごく難しいということですね。虫かごを置いて……と説明してみても、一体そこで何が起こっているのかが説明しにくくて。
たぶん、新聞とかテレビで報じられるのは、「虫が鳴くのを聞いて秋を感じます」ということなんですけど、それだけではなくて、そこからいろいろなことが起こっていることがおもしろい。それを誰かに教えてあげたいと思っても、ぱっと説明できる言葉が見つからないんです。その言葉を失う感じが、まさに「鳴く虫と郷町」というイベントを言い表しているかもしれませんね。
ー確かに、「鳴く虫と郷町」のおもしろさは、全体的に説明するとなかなか伝わりにくいですね。今回は、行灯社のお二人の個人的な体験や視点からお話を伺ったことで、いろいろな関わり方やおもしろさがあることがよく分かりました。長時間に及ぶインタビューでしたが、丁寧にお話いただき、本当にありがとうございました!
音楽というコンテンツと鳴く虫の相性は抜群。季節感や自然の偶然性と遊ぶことのおもしろさが、今回、CDという形で切り取られて、いつでもどこでも誰にでも楽しめるようになったことは、「鳴く虫と郷町」というイベントのさらなる可能性を広げた「事件」なのかもしれません。今後の展開は、虫のみぞ知る、ということでしょうか。
インタビューのあとに改めてCDを聞いてみると、楽器と歌と鳴く虫の絶妙なバランスがとても心地いいと感じました。それから、虫のひと鳴きが気になったり、違う種類の虫が鳴くのに気づいたり……暗蔵の闇のように奥が深いですね。
全8曲(6トラック)入り
1500円
演奏:
行灯社(ちえみ / フルート、みほ / ハープ&うた)
鳴く虫:
エンマコオロギ、カネタタキ、キリギリス、スズムシ、ツヅレサセコオロギ、マツムシ、他
録音:
岸本想太
伊丹市立伊丹郷町館 旧岡田家住宅・酒蔵にて
2019年9月19日
イラスト:行灯社
デザイン:鹿鳴舎
ライブ会場、オンラインショップにて
(オンラインショップではデジタルデータ(WAVE)版もあり)
伊丹での販売場所
フルートと小さなハープの行灯社(あんどんしゃ)
ちえみ:フルート
みほ:ハープ&うた
アイルランドの吟遊詩人が残した曲やスウェーデンに伝わるダンス曲、少し前の日本語の歌など、心惹かれた音楽をシンプルなアレンジで演奏しています。 2010年3月より活動開始。 2021年9月CD『鳴く虫と行灯社』発売。
Written by マルコ